総務の仕事をAIに手伝ってもらいたい
わたしは中小企業で総務を一人で担当しています。労務関係を中心に、届出は紙、クラウド化はごく一部、という昔ながらの体制の中で日々の業務をこなしています。
AIが仕事を奪うと騒がれだしてから、はや数年経っていますが、今のところわたしの仕事は無くなっていません。ただ、AIが事務仕事を肩代わりしていく流れはどんどん加速していくでしょう。「うちは中小企業だからAIなんてまだまだだよ」と構えていられる時代ではなくなってきました。
それなら自分から触れて慣れていこう。
そう考え、AIを使いこなせる総務を目指して勉強を始めました。
その一環として、AIにアプリを作らせる「ノーコード開発」に挑戦してみることにしました。プログラミングの知識がなくても、「AIに日本語で指示をだすだけで、アプリ開発ができる」とのこと。流行りのClaude Codeは課金しないと使えないので、無課金の普通のClaudeでのチャレンジです。
題材として選んだのは、自分の資産を管理するためのアプリです。Googleスプレッドシートに入力している月次の資産データを、グラフ化で見やすくしたり将来予測をする、というアプリです。
この記事では、実体験を踏まえて「総務がAIでアプリを作ってみるときに気をつけたいこと」をまとめます。同じように一人で総務をやっている方やAIを使ったアプリ開発にチャレンジしたい人の参考になれば嬉しいです。
なぜ個人用アプリで練習したのか
最初から業務用のアプリを作りたい気持ちはありました。労務管理、勤怠の集計、契約書の管理。AIに任せたい仕事はいくらでもあります。
でも、いきなり会社のデータを扱うのは怖い。
総務が扱うデータには、社員の個人情報、給与、人事評価、契約情報といった、絶対に漏らせないものが多くあります。AIで何ができて、どんな落とし穴があるのかも分からない状態で、これらのデータを扱うアプリを作るのはさすがに怖い。
もし 設定ミスで情報が漏洩してしまったら、と考えるだけで冷や汗が出ます。
その点、自分の資産データなら、最悪漏れても自分が困るだけ。練習としては最適です。失敗してもダメージが少ない環境で、「どこでつまずくか」「どうやって情報を守るか」を一通り体験しておく。これが業務用アプリ開発の準備になるはずです。
もし、業務で使えるようなアプリが開発できなかったとしても、総務の人間が、AIの「使う側」だけでなく「作る側」を経験しておくこと自体に意味があると思います。
これから先、AIは深く業務にかかわってくるでしょう。自分が作らなくても、社内の誰かがAIアプリ開発に取り組むかもしれません。そんなとき、何が問題になりそうか、AIを使うことで何が起きるのかを知っておくことは有益なはずです。
実際にAIと対話しながらアプリを作り始めて、すぐに気づいたことがあります。
AIは選択肢を提示してくれます。「Aの方法とBの方法、どちらにしますか?」と。ところが、プログラミング知識のないわたしには、AとBがどう違うかがわかりません。説明してもらっても、すぐには理解できないことが多々あります。
よく理解しないまま「とりあえずA」と答えると、思ってもいない方向に進んで行って、「やっぱりBが良かった」と気づいて、やり直しになります。
もうひとつ、AIは「これできる?」と聞くと「できますよ」と気軽に答えてくる。心強いのですが、ここに落とし穴があります。
「条件を揃えればできます」だったり、AI自身が実例を確認していない「理論上はできます」だったりする。あとから「やっぱりこの条件では無理でした」と言われて作業がやり直しになるケースが普通に発生します。
AIに任せきりにしていると、こうした「やり直し」が頻発します。
AIを使ったアプリ開発は、その開発速度の速さが魅力です。ですが、理解しないまま高速で進んでいくのは危険です。
- わからなければ立ち止まり、AIに質問したり調べたりする。
- アプリの仕組みがどうなっているかを確認する。
- 作られたアプリをしっかりとテストする。
この3点が大切です。
「AIに任せれば誰でもアプリが作れる」というのは間違いではないのですが、丸投げで簡単に作れる、と言うわけではありません。
AIに任せる前の準備
何度か失敗して気づいたのは、AIに依頼を投げる前の「自分の頭の整理」の重要性と、AIへの指示は省略せず詳細に書かなくてはならない、ということ。
誰が使うアプリなのかをハッキリさせる
ここを明確にAIに伝えると、後がだいぶ楽になります。自分一人だけが使うのか、家族と共有するのか、社内の特定の人と使うのか、社外の誰でも触れるのか。ここで求められるセキュリティのレベルが大きく変わります。
自分のメモ用ツールと、社員全員が使う勤怠ツールでは扱いが全然違いますよね。前者はPC自体にパスワードを掛ければ十分でも、後者だと管理者権限とアクセス制限が必要になります。
データをどこに置くかを先に決める
データを自分のPCの中だけに置くのか、ネット上に置くのか。これによって使える機能が変わってきます。
ネット上に置けば、PCとスマホの両方からアクセスできるし、家にいなくても確認できる。ただし「どこからでもアクセスできる」ということは、設定を間違えれば「誰でもアクセスできる」につながります。
PCの中だけに置けば、その意味では安全ですが、別の機器からは見られません。
どちらが正解かはアプリの目的次第です。先に決めておかないと、AIと話している途中で迷走します。
最初から完璧を目指さない
最初から完璧なアプリを作ろうとすると、途中で行き詰まりやすいです。
知識と経験が十分な方なら、最初から精度の高い完成図を頭に描けるのかもしれません。しかし、開発経験の浅い総務担当者にはかなりの難題です。
最初の設計は重要ですが、そこに拘り過ぎるといつまでたっても開発に取り掛かれません。
最初から完璧を求めず、まずは簡易版を作成し、手直しを加えていくほうが、初心者には向いています。作り始めた段階では、どういったことが可能なのかもわかりませんし、使ってみたら修正したい点は出てきます。まずは動くものを作り、少しずつ良いアプリに育てていく、というのが現実的です。
一度くらいは全面的に作り直す覚悟は持っておいた方がいいでしょう。
AIとの対話のコツ
準備ができたら、いよいよAIとの対話です。実際に試して効果があったコツを、いくつか挙げます。
選択肢が出てきたら必ず違いを聞き返す
AIが「AとBどちらにしますか」と聞いてきたら、即答せず「AとBはそれぞれどんな違いがありますか? わたしの状況だとどちらが向いていますか?」と聞き返します。
AIは、聞かれれば説明してくれます。聞かなければ、勝手に判断して進めてしまうこともあります。安易に「どっちでもいい」と答えていては思い通りのアプリにはなりません。
「できますか?」ではなく「この構成でも動きますか?」と聞く
例えば、「OAuth認証機能を付けられますか?」と聞けば、たいていのAIは「できます」と答えるでしょう。技術的にはできるからです。でも、自分の作っているアプリの構成では使えない場合もあります。
なので「自分の作っているこういうアプリで、OAuth認証は問題なく動きますか?」と、自分の状況を含めた質問にします。AIに前提条件を確認させることで、後から「やっぱり無理でした」を減らせます。
エラーが出たら丸ごと貼り付ける
画面にエラーメッセージが表示されたら、出ている文字をそのままコピーしてAIに渡すのが手っ取り早いです。「なんかエラーが出ました」と相談するより、エラーメッセージを丸ごと貼り付ければ、AIは即座に原因を特定してくれます。
これは社内の問い合わせ対応と同じです。「メールが送れない」と言われるより「『送信エラー: 認証失敗』と表示されました」と言ってもらった方が、原因を絞り込めます。
ただし、そこにIDなどの機密情報が含まれていないかだけは注意してください。
AIの提案を鵜呑みにしない
AIが「この方法がオススメです」と言ったら、「他に選択肢はありますか?」と聞きます。最初に提示された案がベストとは限りません。
実際、わたしのアプリ開発では、AIが最初に勧めてくれた連携方法は、後から見直すと不適切でした。別の方法を聞いて初めて、より良い方法があると気づけました。
AIは前と違うことを言うこともある
会話を進めていると、AIが前回と矛盾することを言い出すことがあります。「前は『Aがオススメ』と言っていたのに、今は『Bがオススメ』と言っている」というケース。
これは気にしないことです。AIは会話の流れの中で都度判断しているので、状況が変われば答えが変わります。矛盾を見つけたら「前と言っていることが違うけど、なぜ?」と聞いて、その時点での最適解を選び直せばいい。
業務にAIノーコードを持ち込むときの注意点
ここまでは個人用アプリ開発の話でしたが、気になるのは「じゃあ業務でどう活かせるの?」というところだと思います。
個人ツールと業務ツールでは、求められるセキュリティの水準がまったく違います。「自分しか困らないからまあいいか」が、業務ツールでは通用しません。
業務でAIノーコード開発に向いているもの
自分の作業を効率化するメモやチェックリスト、自分だけが使う集計ツール、公開情報をまとめるダッシュボードといったものが向いています。つまり、自分以外の社員や社外の人が触らない範囲のツール。ここから始めるのが安全です。
業務でAIノーコード開発に注意が必要なもの
他の社員の個人情報を扱うもの、給与・人事評価などの機密情報を扱うもの、社外とやり取りするもの、お金の入出金が絡むもの。消えてはいけないデータを扱うもの。これらは現時点で個人がAIで作って業務に使うべきではないと思います。仕組みをちゃんと理解した上で、社内の了承を取ってから進めたい領域です。
まずは「自分の作業効率化」から
最初の一歩として安全なのは、自分の作業を楽にするツールです。例えば、自分の業務を管理するツール、集計している数字を表示するダッシュボード、文書のテンプレートを生成するツールなど。
ここで経験を積めば、いずれもう少し範囲の広い業務ツールにも応用できるようになります。逆に、ここを飛ばしていきなり大きな業務ツールに挑戦するのは危険です。
ここからは技術的な補足になります。具体的に何を作って、どんな技術的判断をしたのかに興味がある方向けの内容です。
実例:資産管理アプリを作った話(技術的な補足)
作ったもの
Googleスプレッドシートで管理している月次の資産データを読み込み、ダッシュボード・グラフ・将来予測・暴落シミュレーションを表示するアプリです。
スプレッドシートへの入力方法はこれまでと同じ。アプリは「読み込んで見せるだけ」の役割分担にしました。データと表示を分けることで、Excelのような感覚で入力しつつ、見た目はリッチにできます。
つまずいた一番の壁:アプリとスプレッドシートをどう繋ぐか
ここが一番苦労したところです。3つの方法を試しています。
1つ目はAPIキー方式。最も手軽ですが、スプレッドシートを「リンクを知っている全員が閲覧可」に設定する必要があります。URLが漏れたら誰でも見られる状態になるので、なんとなく気持ち悪い。業務でも使えません。
2つ目はGASトークン方式。アプリに「合言葉」を書き込んで、その合言葉を知っている人だけがデータを取れる仕組みです。ただし、合言葉をアプリの中に書く以上、アプリのファイルが見られたら合言葉も漏れます。個人用なら何の問題もありませんが、複数のPCで、複数の社員が使う場合は不安が残る。
3つ目がOAuth認証。「Googleでログイン」のあのボタンの仕組みです。これは最もセキュアですが、アプリをサーバー上に置かないと使えないという制約があります。手元のPCに置いたHTMLファイルを開く方式では仕様上動きませんでした。
最終的に採用した構成
最終的には、OAuth認証を採用し、Googleの「サービスアカウント」という仕組みを使いました。これは「人間のユーザーではなく、プログラム専用のGoogleアカウント」のようなものです。スプレッドシートへのアクセス権をこのプログラム用アカウントに与えておくことで、特定のプログラムだけがデータを取れる構成にできます。
アプリ本体はCloudflare Pagesという無料サービスに置きました。HTMLファイルをブラウザの管理画面にドラッグ&ドロップするだけで公開できる手軽さで、個人利用なら十分すぎる無料枠が用意されています。
総務が押さえておきたい3つの感覚(技術的な補足)
技術的な細部を全部覚える必要はありませんが、感覚として持っておくと、AIとの会話がだいぶスムーズになります。
1. 「どこにファイルを置くか」で使える機能が変わる
手元のPCに置いたファイルと、ネット上のサーバーに置いたファイルでは、使える機能が違います。「Googleでログイン」のような認証の仕組みは、ネット上のサーバーに置く前提で設計されているため、手元のPCに置いたままでは動きません。
業務に置き換えると、「社内ネットワーク内でしか使えないツール」と「社外からも使えるツール」では必要な設定が違うのと同じです。
2. 「パスワードや鍵」をどこに保管するか
アプリにアクセスを制限したい場合、何らかのパスワードや鍵が必要になります。これをアプリ本体のファイルに直接書き込んでしまうと、ファイルが見られた瞬間に漏れます。
専用のサーバーに保管しておいて、アプリは「サーバーに問い合わせて結果だけ受け取る」という構成にすると、鍵そのものは外に出ません。
3. データの置き場所と見た目は分けて考える
これまでGoogleスプレッドシートで管理していたデータは、そのままスプレッドシートに置いたままにしました。アプリはそれを読み込んで、グラフや将来予測として表示するだけ。
データの管理場所とアプリの表示機能を分けることで、データはこれまで通り使い慣れたスプレッドシートで入力でき、アプリが壊れてもデータは無事で、別のアプリを作りたくなっても同じデータを使い回せます。
総務でいえば、社員名簿のマスターデータと、それを参照する各種帳票を分けて管理するのと同じ発想です。
まとめ:総務こそAIノーコードに触れておきたい
一人総務の仕事は範囲が広く、効率化の余地が大きい職種です。労務、給与、契約、福利厚生、社内庶務まで、一人で全部見ていれば「ここを楽にしたい」というポイントが山ほどあります。
そこにAIノーコード開発が役に立つ場面は、きっとあります。
ただし、コードを書く力ではなく、「仕組みを理解する力」と「AIに正しく聞く力」が必要です。どちらもすぐには身につきませんが、やっていくうちに少しずつ分かってきます。
知識ゼロのまま、いきなり完璧な業務アプリを作るのは正直厳しいです。でも、勉強しながらAIと対話すれば、確実に形になります。そしてその経験は、業務に直接適用できなくても、社内で他の人が同じことをしようとしたときの判断材料になります。
まずは個人用ツールで失敗を経験しておくこと。これが、業務にAIを持ち込むための一番の近道です。一緒にやってみませんか。
最後まで読んでいただきましてありがとうございます。
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